午前4時のベランダ、微かな煙草の匂い
午前3時半、足元からしみこむような寒さに目を覚ます。土曜の仕事と吹雪の中を運転して帰ってきたのが思いのほか僕を疲れさせていたらしく、ろくに着替えもせず薄い毛布だけかぶってそのまま眠ってしまっていた。半分寝たままの頭で、リノリューム床の昭和っぽい冷たさだけを足裏で感じながら、石油ファンヒーターの電源を入れにいく。しばしぼんやり待つうちに、チチチチチとスパークプラグの鳴る音につづいてブオッと青い炎がともり、薄暗い部屋の底に淀んでいた冷気を、あの油臭いような懐かしいような暖気が大慌てで追い払っていく。
一息ついてカーテンをすこうし開けてみると、吹雪はもう峠を越えたらしく、雪の夜にだけ聞こえてくるあの特有の静けさが、町を覆っていた。ふと思い立って3脚にカメラを据え、町の夜闇にレンズを向けてリモコンでシャッターを切る。当然、

こんな真っ暗な写真になるのだけれども、絞りを開き数秒間シャッターを開けたままにしておくと、

低く垂れこめた雲や河原を覆う雪がぼうっと写りこんでくる。肉眼で見るのとはまたどこかしら違った風景に、なんだか不思議な面白みを感じて、寒空のもとコートを羽織って気の向くままにカメラをあちこち向けてみた。

水色のつめたい橋の上を2台の車が連なって走る明かりがちろちろと見えたところで、15秒に設定していたシャッターが下りた。左下はこの近所で一二をあらそう枝ぶりの老いた桜の木が街灯のひかりを宿し、その左上には川向うの製紙工場の煙がはきだす水蒸気が、どこかの遠い星雲みたいな格好に写っていた。
そんな愚にもつかぬ遊びをしていたら、どこからともなく淡い煙草の匂いが漂ってきた。ふだん煙草をやらぬ僕は、気心の知れた人の吸う煙草のけむりならなぜか何ともないのに、見知らぬ誰かが街路のすれ違いぎわや食堂の背向かいのテーブルで吐き出す煙草の匂いには、いわく言い難い抵抗を感じてしまう。けれども午前4時すぎのどこかの部屋のベランダで、おそらくは僕と同じように雪の降り止んだ堤防や川向うの町をぼんやりとながめている誰かがくゆらせている煙草だと思うと、そんな誰ともわからぬ人の気配に、なんだかかすかな親しみというか、胸の底に軽い温かみさえ覚えてしまったから奇妙なものだ。僕はそんな頼りない気配に救われなきゃいけないほど孤独じゃあないと、頭では思っているのだけれどもなあ。
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