Posts categorized ""We, the Tribe of Olfaction," - ハジメマシテ"

October 02, 2008

- intermezzo -

そして結局戻ってくるのはここ、日本の匂い、京都の香り。生まれ育った空気の匂いが何色だったか、それは遠いどこかの場所と較べてはじめてわかる。ロンドンのヒースローに降り立ったのは1990年の2月、夜航フェリーのデッキで嗅いだドーヴァー海峡をわたる風、パリの朝をけぶらせる晩冬の雨の匂い、フィレンツェのドゥオモに遠く低く響くグレゴリアンと香炉の気配、クラクフの夜明け前の市場を満たす冷えたミネラル臭、低い雲と水面とフィヨルドの間を這うように漂っていたノルウェイの針葉樹林の香り、ソウル鐘路4街の西側あたりから襲いかかってくる濃厚な漢方薬の匂い、マンハッタンの透明な秋空から押し寄せる高気圧と薄暗いサブウェイのプラットフォームに淀む都市の記憶、カトマンドゥの春の砂塵とどこからともなく漂ってくるバター油の燈火の燻り、エルサレムの晩夏の石畳に影を落とし行き交う人々の波と不思議な静寂、初めて訪れたイスタンブールの海と空を満たす深藍のなんという懐かしさ、そのすべてのなかで迷子のコドモのようにいちいち戸惑いながら、旅が終わりに近づくごとにこの手にいつの間にか掴んでいた見えない扉のノブを、ぼくは異国の空気の中でおそるおそる薄く開き、その隙間から漂ってくる遠く懐かしい世界の空気を、それまでの自分を当然以外の何ものでもないふりをして包んでくれていたその風景のすがたと匂いを、何度も何度も眺めなおし嗅ぎなおしてきた。

そんな18年間が長かったか短かったか、ぼくには分からない。ただ40歳を前にしてようやく僕は遠い匂いの記憶を言葉にして綴るなんておかしな真似をおぼえ、もう忘れかけていた匂いをちょっとずつ手繰り寄せることがようになったところで、気づけば匂いの記憶と一緒に、忘れなきゃいけない、なかったことにしなきゃいけない、そう必死に信じ込もうとしていた日々の記憶まで、どうしたことかどさくさ紛れに再びこの手にするようになった。何を知るでもないくせに、こんな人生なんかもう、なんてに何十回も何百回も思ってきた僕だったけれど、このヨロコビとカナシミに満ちた世界の匂いの中で、この鼻とこのコトバをもって旅を続けることができるなら、あと10年、いや20年くらいはどこでだってどうにか働いて生きていこう、もし神様が気まぐれのおまけでもいい、そのあと数年でも時間をくれたならば、その時のぼくが手にしうる総てのコトバでもって、この世界の匂いの恵みを謳いつづけよう。

そしてたぶん何度か後の人生で僕は、かつての僕が生きていたころの自分が世界のどこかに残した落書きみたいな記憶を、海辺でまるくなったガラスのかけらを見つけたコドモみたいに、面白がって手にとって陽のひかりにかざしてみるだろう。そのあとそれを大事にしまって宝物にしてくれたって、あるいは海になげすててくれたっていい。すべてが歳月の浜辺に洗われて砂塵になるその日まで、良かれ悪しかれ、残れ僕の言葉、このかぐわしき世界の、匂いの記憶。

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March 26, 2004

ごあいさつ(世を忍ぶニオイ族の皆さんへ)

たとえば匂いのある夢をフツウに見ることのできるアナタ。

たとえば町をあるいていて、季節最初の匂い
(ジンチョウゲでもカトリセンコウでもキンモクセイでもセキユストーブでも)
を不意にかいだとたん、立ち止まったり泣きそうになったりするアナタ。

たとえば職場のエレベータに乗ったら、その前に乗った人をだいたい当てられる
(けど、その話をするとまわりにいやがられそうだから黙っている)アナタ。

お会いできて、光栄です。
ぼくも、アナタと同じ。ニオイ族です。

このblogでは、日常をフと通り過ぎた匂いの記録、あるいは
そこから唐突に喚起されてしまった記憶などなど、
そんなあたりのことを。適当につづっていく予定です。
よかったら、ぼちぼちとおつきあいくださいまし。

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以下、追記(2008.5)

 ...なんていうふうに始めたこのブログだったのですが、
2008年の春からちょっと趣向をかえてみました。
詳しくは、08年3月1日付けのエントリをご覧ください。

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